堀部和経 W.S. 数学 と その周辺
「新館」14階


        


さようなら
JR TRANSPORTATION MUSEUM
JR 交通博物館


万世橋からの眺め(2006/5/3)




「85年の歴史を振り返る」




閉館を知って集まる人びと




入館記念券




@ パンフレット 子供用(?)




A パンフレット 一般用(?)


2つのパンフレットに掲載されている、日本初の官営定期バス路線の行き先案内表示に違いが・・・。



パンフレット@は、左横書き白地に黒文字で「多治見行き」となっている。




パンフレットAは、右横書き黒地に白文字で「多治見駅行」となっている。




2006/5/3 に、写した写真では、右横書き黒地に白文字で「岡崎駅行」となっていた。
で、バスの中から、裏の文字を読むと「多治見駅行」(当然、上下逆で)と読み取れた。
写真には撮れなかった。(^_^;)




展示用説明板の写真

省営バス
(前略)
昭和5年12月19日岡崎市で開通式が行われ、翌20日から1日4往復運転された。 バスは22人乗りで屋根には荷物を搭載することもできた。本体は初の鉄骨製の流線型で、当時としては堂々としたスタイルであった。多治見から岡崎までは3時間を要し、バス賃は1円45銭である。当時民営のバスの多治見−岡崎間は、2円30銭・・・(中略)・・・国鉄バスの利用者が多く1月平均2500人の乗降客あった。


「多治見市史」より、「三 岡多線 省営バス
(下巻、247〜248)から抜粋




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